皆さん、こんにちは。
お金はいろんなところから手に入れることができます。例えば、働く、宝くじ、競馬、配当金などなど・・・。
他の人からは50万円を持っている状況でも、本人から見ると20万円は仕事、20万円は宝くじや競馬、10万円は配当金と区別してしまうことってありませんか?
この現象をメンタルアカウンティングというそうです。
人がお金に関して意思決定する際、無意識に行う行動のひとつ。「心の会計」とも呼ばれる。お金を全体としてとらえるのではなく、自分の心の勘定科目によって色分けし、その勘定科目の範囲の中で損得を判断するため、時に不合理な選択をする傾向があること。例えば、苦労して得たお金は慎重に使おうとするが、投資やギャンブルで儲けた利益はあぶく銭と考えて簡単に使ってしまうことなどがそれにあたる。行動経済学の権威でノーベル賞を受賞したリチャード・セイラー氏が提唱した。
nomura.co.jp/terms/japan/me/A03144.html
宝くじや競馬で得た20万円は仕事で得た20万円よりも簡単に使うことです。
これを聞いて、オーストラリアのケアンズでカジノをしたことを思い出しました。
当時は大学の卒業旅行で仲の良い友達と4人で行きました。ホテルの近くにカジノがあり、入場料も無料だったので遊びに行ってました。パスポートを見せるだけで入場できる手軽さもよかったです。
ルーレットやバカラ、ブラックジャックなど日本では体験できないものを楽しみました。
ブラックジャック(配られたトランプの合計が21を目指すゲーム)をしていて、賭けた20ドル(2000円ぐらい)が3倍の60ドルになりました。
大学生の6000円は大金です。時給800円のバイトを約8時間してようやく得られる金額です。手に入れた時は舞い上がっていました。
「飲み会2回分のお金が手に入ったぞ!お土産のカンガルー肉とか豪華なものが買えるやん。」とうれしくなりガッツポーズをしたのを覚えています。
ところが、その60ドルを何の惜しみなく次の勝負にかけたんですよね。その後、ニッコリと笑顔が素敵な男性ディーラーに持っていかれました(笑)
「あー持っていかれたぁぁぁ。」とショックを受けてましたね。まあ、お遊びなのは分かっていますのでなくなっても問題ない金額です。
というよりも、何の惜しみなく次の勝負にかけたことに驚いていました。自分でいうのもなんですが、昼食を100円のかけうどんか120円の天かすうどんかで、迷わず安いかけうどんを選ぶほど節約をしていました。
自分の判断基準を歪ませたものってなんでしょう?
射幸心を煽るカジノのネオン、それともジャラジャラというメダルの音でしょうか?
どちらでもなく、自分がたまたま運が良くて手に入った金額だから使い切ってもいいやという気持ちがありました。
チップを賭けて、配られた手札から次のカードを引くかの判断をするだけ・・・。それで持っている金額が倍になったりするので効率はよいです。
ですが、自分の労働で手に入れた時間の重みがないんですよね。そのため、大金なのに簡単に使ってしまう。
人の感情で色がついてしまうのは興味深い。
宝くじで大金を得た人が何年か後には元の生活に戻っているのは手荒く使ってしまうこともありそうです。
逆に仕事で得たお金は自分の満足のいくように使うと決めていた方がよさそうです。
同じ金額なので出来るだけ丁寧に、自分の満足が行くようにお金を使いたいものですね。
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